dadaidai

ツンデレというのは男に媚びることを潔しとしない気高いスプリットの持ち主なので、ツンデレという言葉が産まれる以前は「別にあんたのためにやったんじゃないから」もその気高いスピリットが産み出す当然の言葉だったのだそうです。

ところがツンデレという言葉が産み出されてしまったため、そのような単語を利用すると、男の方に「あ、これツンデレだ」と思われてしまい、さらに日本人にはそのようなツンデレを好ましく思う人が一定数いることがわかってしまったため、ツンデレ的言動が男に媚びることになりかねず、ツンデレの常套句である「別にあんたのためにやったんじゃないから」は、いまや気高いスピリットを持つツンデレには使うことの許されない言葉と成り下がり、現在においてツンデレはツンデレであることを全面に押し出すことができない隠れキリシタンのような存在になってしまったとのことでした。

つまり現代において、本物のツンデレはツンデレが持つ「男に媚びることを潔しとしない気高いスプリット」を守るためには、観測者がツンデレであるということを意識される局面ではツンデレである発言をしてはいけないことになります。これって一種の観測者問題ですよね。

知っていましたか?

* もしあなたが中国で「100万人に1人の逸材」なら…
* あなたみたいな人が国内に1300人います。

* 中国はまもなく世界一英語が話されている国になります。

* インドの「IQが高い側から25%」は
* アメリカの全人口より多い。
* つまりアメリカに生まれる全ての子供よりインドに生まれる優等生の方が多い。

知っていましたか?

* 2010年に需要のある仕事上位10位は
* 2004年にはまだ存在していませんでした。

* 今私たちは学生を教えています。まだ存在しない仕事について
* まだ発明されていない技術を使って
* まだ知らない問題を解くために。

* 米国労働省は今の学生は10~14の仕事につくと推測しています
* 38歳までに。

* 4人に1人の労働者は、今の仕事についてから1年未満です
* 2人に1人は5年未満です

知っていましたか?

* 昨年アメリカで結婚したカップル8組につき1組はオンラインで出会いました
* MySpaceの登録者数は2億人以上です。
* もしMySpaceが国なら、世界で5番目に大きな国です。(インドネシアとブラジルの間)
* ブロードバンドの普及率が最も高いのは
* バミューダ諸島です。
* アメリカは19位
* 日本は22位

知っていましたか?

わたしたちは指数的に成長する時代に生きています。

* Googleでは毎月310億件の検索がなされています。
* 2006年には27億件でした。
* いったい誰にこれだけの質問がされていたのでしょう?Google登場前は。

* 研究以外で初めてのテキストメッセージが送られたのは1992年の12月
* 現在、毎日送受信されているテキストメッセージは地球の総人口より多い

(訳注: SMSが1992/12に初めて送られたことを指している http://en.wikipedia.org/wiki/Short_message_service)

* 5000万人の視聴者を獲得するまでにかかった年数
* ラジオ 38年
* テレビ 13年
* インターネット 4年
* iPod 3年
* Facebook 2年

* 1984年にインターネットに接続されていた機器は1000件
* 1992年には1000,000件
* 2008年には1000,000,000件

* 英語の単語は約54万語
* これはシェークスピアの時代の約5倍

* 1週間分のNew York Timesに含まれる情報は18世紀の人が生涯に出会う情報より多いと推定されている

* 4エクサバイト(4.0 x 10^19)のオリジナルな情報が今年作られる、と推定されている
* これは過去5000年の合計より多い

* 技術情報は2年で2倍に増える
* いま4年間の大学生活を始めた学生にとって、これは
* 1年生のときに習ったことの半分は、3年生のときまでに陳腐化するということだ

* NTT日本は光ファイバーの実験に成功した
* 1房のファイバーで秒間14兆ビットの情報を送る実験に。
* これはCD2660枚分や電話21億回分の情報を1秒で送れるということだ。
* 回線速度は6ヶ月で3倍になっており、今後20年もその傾向が続くと期待されている
* 2013年までに、人間の脳よりも計算能力の高いスーパーコンピューターが作られるだろう
* 2049年までに1000ドルのコンピューターが全人類を足し合わせたよりも高い計算能力を持つようになるだろう

知っていましたか?

* この動画を見ている間に
* アメリカで67人の子供が生まれ
* 中国で274人の子供が生まれ
* インドで395人の子供が生まれている
* そして694,000本の曲が不法にダウンロードされている

これってどういうことだろう?

via “Did You Know”和訳 - 西尾泰和のはてなダイアリー (via yaruo) (via proto-jp)
2009-04-02 (via gkojay) (via hazime1373) (via redb) (via jinon) (via wideangle, shake4me)

2010-03-29

(via rosarosa-over100notes) (via mcsgsym)

(via rokuroku)

(via orochix)

(via edieelee) (via text-man) (via tiga) (via appbank)
世界の終わり
例えばだよ?
うん。
明日世界が終わるとするじゃない?
何だよ突然。
するじゃない?
・・・うん。
どうする?
どうするって・・・。
最後に何をする?
そうさなあ・・・世界が終わるなら金とか意味無いしなあ。
うん。
嫌いなやつを殺しても1日早まるだけだしなあ。
うん。
ここはやっぱり美しく、好きな人に会いに行くとか?
会えるといいね。
え?
好きな人の元に向かったその人が、君の所に来てくれるといいね。
・・・さらりとヤなこと言うなあ。
でも外にはやけっぱち暴徒がうようよだよ?
そうかあ・・・じゃあ何か武器でも・・・。
交番とか銃器の店なんていのいちばんに襲われるよ。
うーん・・・。
その人はどこに住んでるの?
え? いや別に特定の誰かを想定したわけじゃないから・・・。
遠かったら大変だね。
うん、まあ。でもそんな遠いってわけでもないしな。
特定の誰かじゃないんじゃ?
ああ、まあ、知り合い全般がだよ。
ふーん。じゃあさ。
うん。
明日君だけがいなくなってしまうとしたら?
おれだけ?
そう。
うーん、なんだろう、やっぱり会いに行くのかなあ。
好きな人に。
うん。でも世界がまだあり続けるのなら何か残したいと思うかもなあ。
おれはここにいたんだぞ、って?
うん。
何か事件を起こすとか?
いや、人に迷惑はかけたくないなあ。
誰かを救って死ぬの?
うーん、あー、やっぱりそういうのどうでもいいかな。
存在証明は?
うん。やっぱり愛に生きるのかも。いや死ぬのかも。
なるほど。世界が終わるにしても君だけが消えるにしてもやることは一緒なんだ。
まあ、そうなのかなあ。
じゃあさ。
まだあるのかよ。
その好きな人が明日いなくなってしまうとしたら?
今度はそっちか。
そう。
うーん・・・さっきのもそうなんだけどさ。
うん。
何で死ぬの? 病気? 事故? 何で死ぬってわかるの? 予知能力とか?
何でも。
何でもて。小学生じゃないんだから。
それが重要?
病気なら治療を受けさせたり、事故に遭うってわかってるならそこに行かないようにさせたりとか、あるじゃん。
ダメ。
ダメ?
完膚なきまで死ぬの。
・・・。
あれだ、ゴルゴに狙われてるの。
・・・。
神の意志。
ゴルゴは神かよ。
とにかく絶対。
うーん・・・少しでも一緒にいたい? 死ぬところなんて見たくない? うーん・・・。
一緒にいさせてくれるといいね。
え?
その人が死の間際に逢いたいと思う人が、君だといいね。
・・・。
会いに行く?
・・・まあ、行くんだろうなあ。
やっぱり愛?
かもね。
All You Need Is Love?
そだね。
愛に生きる男!
よせやい。
じゃあ、明日何があるにしてもやることは変わらないんだね。
え?
好きな人に会いに行く。
そ、そうなるの?
そういうことになるじゃない?
そうなのかな・・・?
ではなぜ、昨日にとっての明日である今日、その人のところへ行かないの?
え?
明日が、明後日が、永遠にやってき続けると思っているの?
・・・今、会ってる。
え?
今会ってる。
・・・。
・・・。
・・・ゴメン。
・・・うん。

短気な性格を直すよりも、自分が何にどうキレるかの基準を自覚した方が良い。

怠惰な性格を直すよりも、自分は何をどうやりたいか、を意識した方がいい。

受け身な性格を直すよりも、何をどう受けるか、の精度をあげる方が賢い。

性格は変えるよりも受け入れる方が幸せになれる理由 - keitaro-news - 書評で学ぶプレミアム整理術 (via atasinti) (via yellowblog) (via sakuma) (via plasticdreams) (via uessai-text) (via omasayan) (via vmconverter)

おおお、これはすごい。今更性格なんて変えられないからな。これで行こう。

(via mendokusai) (via cabinessence2009)

(via gintonic) (via motomocomo) (via onehalf)

(via pcatan) 2011-03-19 (via gkojay) (via motomocomo)

他社と差別化する時によく、1.3対1という心理学でいう差別化
の数字を使います。

1.3とは、心理学で一次元的な差(比)の違いを説明する時に
使う数字です。


1メートルの棒を用意し、その長さを教えずに、相手に10秒見せ
た後で隠し、次にそれよりも10センチ長い棒を見せたとします。

1.1メートルだと、ほとんどの人がその差を認識できません。

同じように10センチずつ長くしていくと、1.2メートルの時は
一部の人が長くなったと思うといい、1.3メートルになった時、
ほとんどの人が棒が長くなったと認知できるのです。

つまり、差を認知できるのは1に対して、1.3(倍)ですので、
これを差別化の基本数字として採用しています。


例えば、靴の売り場で5段階陳列にしている競合店に差をつけた
かったら、5×1.3=6.5 で7段階陳列すると、圧倒的に
陳列密度が濃いとお客さんは認知します。


カーテンの売り場であれば、陳列面の通路側の長さ(陳列線という)
を競合店の1.3倍にすればよいことになります。

さらに、陳列線を1.3倍、陳列段数も1.3倍にしたらどうで
しょう。

かなり、その差は強調されることになります。


このタテヨコの差別化を、面の差別化と呼びます。

面積の場合は一辺の長さを1.3倍ずつするので、
1.3×1.3=1.69となり、約1.7倍するとお客さんに
圧倒的に広いと感じさせることができます。


価格で差のつけられない本屋(郊外書店)などは、この面積での
差別化と、密度の差別化が決め手となるので、競合店が70坪なら
120坪、90坪なら150坪の店をつくり陳列段を1.3倍に
すれば、まず間違いなく圧勝できるということです。


この考えは、価格の値引き率でも同じです。

10%引きや20%引きでは、安さをPRするには十分とはいえず、
30%引きになってはじめて「安い」とはっきり認知するのです。

仕事に集中するとどうしても猫背になってしまいます。でも「まずいな」と思うとしばらく修正姿勢をとる。つらくなったら元に戻る、ということを日々やっています。こうやって、猫背→修正→疲れた→猫背→修正→疲れたと繰り返すことが、筋肉に伸び縮みの刺激を繰り返し与えることになる。ずーっといい姿勢をとる必要はないんです。1時間に1回は自分で「あ、姿勢」と気づいて修正しつつ、1日に1回、体に筋肉の使い方を再学習させましょう。
俗にいう地頭というのは、実はたんなる事務処理能力であり、人間の知的能力として大したものではない。にもかかわらず多くの人が欲しているように思う。しかし、地頭とは、書類チェックをするときに使う計算機能力みたいなもので、客観的に見たら大した能力ではない。人間の知的能力は、経験知による判断などの全脳的能力や、意味を読み取ったり調整したりする能力の方が、高級である。また、純粋に理性だけを使うとしても、いろいろな自然現象の間に法則性を発見したり、それを整理することにこそ理性を使う意義がある。これに対して、地頭のような事務処理能力、計算機能力は、かなり低級な知的営みだろう。

人は、「夢」にだけ生きているのではない。
収入や時間、地位や名誉、そういったものの中から、自分の価値観に照らしあわせて将来を選択していく。大人なら誰しもが行なっていることだ。

けれども、子どもや若者に対して、大人たちは「夢をもて!」などと無責任なことを語ってしまうことが多い。
だから若者たちは「ヤリタイこと」に囚われ続けてしまう。
「ヤリタイこと」に囚われ、何が自分の幸福か、を見失ってしまう。

motomocomo:

tra249:

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june29:(via migang)

わたしは小学校教師のころ、連絡帳などを書くときに、子どもだけでなく、その親も褒めるよう努めていた。すると、あるお母さんがこんなことを書いてくれた。「先生、わたしは母親になってから初めて褒められました。ありがとうございます」。

 懇談会で話したら、ほかの多くのお母さんたちも「褒められたことがない」と言い出し、その話題で盛り上がったことがある。

 お母さんたちは結婚前、あるいは出産前までは、いろいろな場で褒められるが、いざ子どもを持つと、「ちゃんと育てて当たり前」「うまく家事を切り盛りして当たり前」と、褒められる機会がなくなってしまう。

 学校でも先生方は、子どもを褒めても母親までは褒めない。お父さん方も妻を褒めないし、おばあちゃんやおじいちゃんも褒めてくれない。

 世の中の多くのお母さんたちは、「こんなに頑張っているのに、どうしても誰も褒めてくれないのかしら」と本音で思っている。